絶頂期の1989年(平成元年)ごろには投資が活発となり、「平成景気」「ヒミコ景気」「高原景気」と呼ばれるこれまで類を見ない空前の超好景気となったが、実体経済の成長では到底説明できないほどの資産価格上昇を伴うバブル経済であったため、やがて縮小することとなる。
すなわち、投機意欲が減退すると株や土地などの資産は下落し、一転して大きなキャピタル・ロス(含み損 売却額が購入額を下回る)をもたらし、キャピタル・ゲインを当てにして過大な投資をしていた企業や投機家がいっせいに投機縮小を開始することになる。当時の日本は資産価格上昇により、土地や株式などの収益率(値上がり益を除く)が著しく低下していたため、金融緩和の終了で持続可能性を喪失した。
なおオイルショック後の1973年より約18年間続いてきた安定成長期はこのバブル崩壊で終焉を迎えた。
バブル崩壊という現象は単に景気循環における景気後退という面だけでなく、急激な信用収縮、土地や株の高値を維持してきた投機意欲の急激な減退、そして、政策の錯誤が絡んでいる。
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1989年12月に第26代日銀総裁に就任した三重野康はこれまでの金融緩和政策から一転して金融引き締めに転じた。前年の1989年12月に冷戦終了宣言が下され、世界経済がグローバル経済化に構造転換が始まり、円安に転じ始め、株価も翌年の1990年1月より下落に転じていたにもかかわらず、バブル経済の解消を目的に必要以上の金融引き締めを行ったことで、1990年代の日本経済は「失われた10年」を迎える結果となった。